「乳酸の真実」—箱根駅伝9区給水で注目を集めた東京大学八田教授が解くランニング科学の誤解
- Rundemy
- 1月4日
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1月3日の箱根駅伝復路、学生連合9区東京大学大学院の古川選手の給水で両手を突き上げて選手を送り出す東京大学大学院の八田教授が話題となりました。箱根駅伝を観戦していた方にとっても印象深いシーンだったのではないでしょうか。実はこの八田秀雄教授は、身体運動科学の研究者として著名であり、特に運動中の乳酸の役割についての研究で知られています。八田教授の研究は箱根駅伝にとどまらず、日常的なランニングにも応用可能な内容であり、これらを理解することは効果的な練習メニューの構築、そして競技力の向上に非常に有益です。
乳酸に関する一般的な誤解
乳酸は「疲労物質」や「老廃物」と誤解されることが多いですが、これは明らかな誤りです。以下に乳酸に関する主要なポイントを整理します。
乳酸は「敵」ではなく「味方」—その本当の役割
乳酸はエネルギー基質である
私たちが運動をするためには筋肉が収縮しなければなりませんが、これにはエネルギーが必要です。エネルギーは食事で摂取した栄養素(たんぱく質や脂質、炭水化物など)を分解(代謝)することにより取り出されます。特に糖(炭水化物:白米など)を代謝してエネルギーを取り出す過程では副生成物として乳酸が生成されます。つまり、簡単に言うと運動をするときには糖が分解されるので、分解の過程で生じる乳酸も当然増えるのです。また、糖の代謝過程で生じた乳酸は筋肉内で蓄積されるだけでなく、血液を通じて筋や肝臓に運ばれエネルギー源として再利用されます。
(どういう過程で再利用されるのか、生理学、生化学的に詳細に説明すると難解になるので省略します。興味のある方は「解糖系」「糖質代謝」「クエン酸回路」「電子伝達系」などのキーワードで検索してみてください)
筋肉には瞬時に収縮し持久力に乏しい速筋線維と、収縮スピードは遅いが持久力に長ける遅筋線維の二つに大きく分けることが出来ます。乳酸は速筋線維で生成され、遅筋線維や心筋で再利用されることが知られています。この過程は「細胞間乳酸シャトル」と呼ばれ、乳酸が体内で再循環し、運動を支える重要な仕組みです。特に、遅筋線維は乳酸を効率よくエネルギー源として活用し、持久力を高めるための重要な役割を果たします。要するに乳酸は体内で循環しつつエネルギーとして再利用されているのです。この機能を知ると、乳酸は運動時の「敵」ではなく「味方」として捉えるべきだという認識が広がるでしょう。では何が運動時の疲労感をもたらしているのでしょう。

乳酸が疲労の原因ではない
運動時の疲労感は乳酸の蓄積ではなくむしろ、筋グリコーゲンの枯渇や筋肉内のイオンバランスの崩れが主要因です。高強度運動中に感じる「疲れ」の多くは、乳酸そのものではなく、細胞内外のpH変化や、筋肉のエネルギー供給が追いつかないことによるものなのです。たとえば、マラソン後半の疲労は、筋グリコーゲンの枯渇が主因です。また、高強度運動ではリン酸やナトリウム・カリウムのバランスの崩壊、活性酸素の発生が筋収縮に影響を及ぼすことが注目されています。これらの要因は複雑に絡み合い、乳酸だけに焦点を当てると見逃してしまう重要なメカニズムがあるのです。さらに、脱水や電解質不足も疲労の大きな原因となります。これを防ぐためには、運動中の適切な給水や栄養補給が不可欠です。
乳酸を正しく理解しランニングに活用する
乳酸は「疲労物質」として悪者扱いされがちですが、実際には体のエネルギーシステムを支える重要な物質です。以下のポイントを理解してランニングに活かしましょう。
1. 乳酸を味方にするトレーニング
高強度インターバルトレーニング(HIIT)などでは、乳酸生成と処理能力を高めることが目標になります。これにより、乳酸の再利用効率が向上し、長時間のパフォーマンス維持が可能となります。また、乳酸処理能力の向上は、持久力だけでなく、スピードや瞬発力の向上にも寄与します。
2. 疲労の原因は一つではない
乳酸以外の疲労要因(栄養不足や水分管理)に注意を払うことが、パフォーマンス向上の鍵となります。エネルギー補給や電解質バランスを保つことは、レース中の持続的なパフォーマンスのために重要です。特に長距離ランナーは、レース中のエネルギー消費量に応じた適切な補給計画を立てることが求められます。
まとめ
八田教授の乳酸に関する研究は、ランニングやスポーツの科学的理解を深めるものであり、特に市民ランナーやスポーツ愛好家が抱きがちな誤解を解消する重要な示唆を与えています。乳酸を正しく理解し、適切なトレーニングや栄養管理を行うことで、あなたのランニングライフをより充実したものにできるでしょう。
乳酸は、私たちの体が持つ驚くべき再利用システムの一部です。その可能性を信じて、ランニングライフに生かしましょう!
参考文献
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